秋田の橋の紹介、第4弾。
6月末に秋田市に別の「まんたらめ橋」を撮影していたが、
ブログを書いていなかったので
「高橋・低橋」といっしょに紹介。
まんたらめ橋は、秋田市が運営する、いわゆる「少年の家」の敷地にある歩道橋。
おもに秋田市内の児童生徒が宿泊学習する施設にある。



土木屋設計による橋でなく、建築屋さんが設計した橋だと思われる。
土木の場合、道路橋示方書という基準を受けて積雪荷重などを決める。
この橋の案内板の耐雪深から土木基準で設計していないことが推察される。
その代わり、形が美しく、
床下に配置した鋼棒が引っ張りを受けて荷重を支える構造になっている。
渡ると吊り橋のように若干揺れるのを狙った設計のようだ。
秋田市下新城にある「高橋・低橋」(たかはし・ひくはし)は、
名前のせいで有名な橋のようだ。
ウェブ検索でちらほら情報アリ。
歴史的(1800年ころ)の菅江真澄の紀行に出ているようなのだが、
その情報は調べてもはっきりわからなかった。
近くのお寺にヒントがありそうだ。
構造形式的には何の変哲もない二つの橋なので写真を貼って終わり。



追記
高橋・低橋について
江戸時代、菅江真澄の紀行との関係を今一度、調べてみました。
「菅江真澄 金足」などで検索すると新城/岩城城址の紀行がありました。
そこで上箇枝の橋、下箇枝の橋と紹介される橋が該当しているようです。
出てくるお寺の名前(福城寺)も一致しています。

小さいお寺で真澄が訪れるような場所だったか首をかしげます。
六体地蔵があったのでいわゆる禅宗のお寺だと思います。
りっぱな永代供養塔がありました。

橋に話をもどすと
真澄の原文に高橋の絵があるので
俗称として現在の橋に名前が引き継がれていると想像されます。
常習的に反乱する新城川は、改修がすすめられており、
いずれこの橋も架替えされると思いますが、
歴史を考慮した橋になることを願います。
岩城城址や神社も写真で紹介されているので現地を探してみた。
案内の矢印があるのですが、
四駆の軽トラ専用のような細い旧勾配の道で
コンクリート舗装されているようでしたが、苔や泥ですべるすべる。
KLX125だったので転倒しないように注意しているうち、
飯島側に降りてしまった。
最近は山中バイクで転倒するとクマを心配しなければならないので
立ち往生は絶対に避けなければならない!
途中に分岐があったので冬枯れして見通しがよくなった頃に
再度、行ってみたいと思います。
かつての繁栄が感じられる場所なのだろうか?