bmb10150’s blog

yahooから移行記事を含む雑談

ノートについて

 

技術士2次試験の受験対策で平成8年くらいから

新聞や本のネタをノートに書くことを続けている。

最初はただのノートやメモ帳でしたが

2010年9月からモレスキンを使用。

退職まで6冊になりました。

退職した身にモレスキンは贅沢な感じがして

併用していたA5サイズのルーズリーフに変えていましたが

それさえもったいなく、

結局、本日より子供の余っている普通のノートに。

ずっと無地の罫線なしのノートだったので

罫線のある紙に書くのは新鮮にさえ思えます。

古いノートを見返すことはほとんどないのですが

そんなにスペースを占有するものでもないし、

5~6年はとっておこう。

モレスキンを長く使って解ったこと:

「付属のゴムがもれなく伸びきる・・・」

 

沢野ひとし著「ジジイの片付け」

著者の沢野ひとしさん、有名な方なようですが、

勉強不足で知りませんでした。

アマゾンで検索しているうちにヒットして

題名から終活的な内容を想像して注文して読みました。

最初の方の文章は、

「こうしたほうが良い」

ではなく、

「こうでなければならない」

のような強い断定で違和感があったが、

そういえば似たような本があった。

片岡義男著「文具を買いに」

です。

内容は全然違いますが、

著者の強いこだわりを主張している点が似ています。

「ジジイの片付け」では、独特のイラストが、

「文具を買いに」では、こだわりの文具の写真が、

添えられています。

写真には、最近制作したミニチュアが、

沢野さんのイラストのイメージに似ていると思って

いっしょに写してみました。

ツナ缶がベースになっています。

「ジジイの片付け」は、終活というより、

著者のライフスタイルを主張するものです。

(朝、10分の片付け)

しかし、奥様にはさすがに強要できず、

本の最後の方では、80歳を超えて弱気になっているような・・・

まあ、当たり前です。

著者は1944年生まれ、私は1960年生まれで世代は違いますが、

私も立派な「ジジイ」。

昨年、大学病院で左目の網膜剥離手術をして

経過観察のため、紹介状をもって開業医へ行ったら、

反対の右目の緑内障が進行しているそうだ。

老化とは、機能の低下だけでなく、

機能を失うことも覚悟しなければならない。

余談ですが、

大学病院は紹介状なしでは受け付けてくれないそうです。

開業医の先生によれば、

私はたまたま、お盆休みの最中に行ったので

受け付けてくれて即刻入院手術になった。

「中心まで網膜がはがれていてよくくっついたね」

だって。

私は幸運な方?

ちなみに大学病院では、4時間待ちました。

書評になってなくてごめんなさい。

「ジジイの片付け」は、おもしろいです。

 

 

まんたらめ橋と高橋・低橋

秋田の橋の紹介、第4弾。

6月末に秋田市に別の「まんたらめ橋」を撮影していたが、

ブログを書いていなかったので

「高橋・低橋」といっしょに紹介。

まんたらめ橋は、秋田市が運営する、いわゆる「少年の家」の敷地にある歩道橋。

おもに秋田市内の児童生徒が宿泊学習する施設にある。

土木屋設計による橋でなく、建築屋さんが設計した橋だと思われる。

土木の場合、道路橋示方書という基準を受けて積雪荷重などを決める。

この橋の案内板の耐雪深から土木基準で設計していないことが推察される。

その代わり、形が美しく、

床下に配置した鋼棒が引っ張りを受けて荷重を支える構造になっている。

渡ると吊り橋のように若干揺れるのを狙った設計のようだ。

 

秋田市下新城にある「高橋・低橋」(たかはし・ひくはし)は、

名前のせいで有名な橋のようだ。

ウェブ検索でちらほら情報アリ。

歴史的(1800年ころ)の菅江真澄の紀行に出ているようなのだが、

その情報は調べてもはっきりわからなかった。

近くのお寺にヒントがありそうだ。

構造形式的には何の変哲もない二つの橋なので写真を貼って終わり。


追記

高橋・低橋について

江戸時代、菅江真澄の紀行との関係を今一度、調べてみました。

菅江真澄 金足」などで検索すると新城/岩城城址の紀行がありました。

そこで上箇枝の橋、下箇枝の橋と紹介される橋が該当しているようです。

出てくるお寺の名前(福城寺)も一致しています。

小さいお寺で真澄が訪れるような場所だったか首をかしげます。

六体地蔵があったのでいわゆる禅宗のお寺だと思います。

りっぱな永代供養塔がありました。

橋に話をもどすと

真澄の原文に高橋の絵があるので

俗称として現在の橋に名前が引き継がれていると想像されます。

常習的に反乱する新城川は、改修がすすめられており、

いずれこの橋も架替えされると思いますが、

歴史を考慮した橋になることを願います。

 

岩城城址や神社も写真で紹介されているので現地を探してみた。

案内の矢印があるのですが、

四駆の軽トラ専用のような細い旧勾配の道で

コンクリート舗装されているようでしたが、苔や泥ですべるすべる。

KLX125だったので転倒しないように注意しているうち、

飯島側に降りてしまった。

最近は山中バイクで転倒するとクマを心配しなければならないので

立ち往生は絶対に避けなければならない!

途中に分岐があったので冬枯れして見通しがよくなった頃に

再度、行ってみたいと思います。

かつての繁栄が感じられる場所なのだろうか?

 

 

 

 

「私たちの戦争社会学入門」感想

野上元著「私たちの戦争社会学入門」

県立図書館で借りました。

発行2025年4月、著者は1971年生まれですので

図書館の本としては、とても新しい。

表装のデザインでもわかるように

若い読者にも受け入れてもらえるよう、

重い題材を読みやすい文章で書いてあります。

高齢者の私には、軽すぎるように感じられます。

世代交代か・・・・しかし、

炎上しそうな内容をしっかり本にした点は評価されると思う。

「戦争社会学」という名称は聞きなれないものでしたが、

20世紀、そして現在の世界各地で起こっている紛争を見れば、

「社会は戦争に含まれる」という視点も大いにあり得る。

平和であることが普通のことではないかもしれません。

直近で朝鮮戦争のことを調べたところですが、

38度線を行ったり来たりしている経緯を知ると

再び北朝鮮が南下してこないとも限らない・・・・

本書の中で第二次大戦の日本の犠牲者数について

その死者数310万人で各国に比べて多いわけでないとのこと。

犠牲者を数で割り切ることはできないかもしれない。

その無念さを思えば、数ではないものの、

ネットで調べても戦勝国であるはずのソ連の犠牲者数は特別であり、

そういったことの意識がロシアに受け継がれていないはずはない。

そんなことを思いました。

 

手形山大橋

秋田の橋の紹介。

今回は手形山大橋です。

この橋は曲線の鋼床版箱桁という形式で

写真の位置から見ると一番キレイに見える。

横から見えるストラットというのかブレースというのか、

その支えが美しいのだが、注目する人も少ないだろう。

この橋は線路や川を渡るものでなく、

道路を通すのに大規模な土工事をするより、橋をかけたほうが安かった、

という理由でできたと思われる。

鋼の床版という形式は、コンクリートの床版と違って

秋田では凍結しやすいので融雪装置が設置されている。

撮影した当日、橋歴板を見つけていないことに気づき、

翌日、再び探しに行った。

この位置にあることはわかったが、

画像を拡大しても文字は判別できなかった。

実はこの撮影位置、

普通は入っては行けない場所と思われる。

注意喚起の看板表示はおろか、

施錠すらされていない。

ヒントは毎年のように修理している設備のあるところ。

 

モノを減らす

「断捨離」

まだ死語になっていないようだが、

なんと商標登録されているそうだ。

より豊かな生活のため、

その目的で少しずつやるものだそうだ。

わたしの場合、

同じような片付けなのだが、

「終活」

といえる。

二年前、実家の片付けをした。

一人暮らしをしていた母は、倒れてから3日で死んでしまった。

食品の処分から始まり、

膨大な遺品を処分する、悲惨な片付けとなった。

(今にして思えば、片付けの前にちゃんと写真を取るべきだった。)

ということで

残される家族が悲惨な目に合わないよう、

少しでもモノを減らす!

ちょっと片付けた押入れ周りの現状が、

この写真。

まだまだ。

定年前は、退職したら無限の時間があるように思っていたが、

雑事や家事に追われ、

思ったように趣味が楽しめない。

老眼なので本も新聞も読むのが遅い。

くわえて実家の整理をやっと終えてまもなく、

網膜剥離で5日の入院。

命に別状はないが、初めての入院でもあり、

考えることも多かった。

残りの人生、時間は限られる!

 

話は趣味のプラモデルで終わるけれど

古いキットは基本工作でストレスがたまる。

バリとスキマの処理、デカールの劣化などなど

問題が多い。

越前谷師匠のいうとおり、

古いキットは作るものでなく、売るものだ。

もう古いキットに手は出さないぞ。

 

 

 

 

秋田市保戸野八丁「滝の湯」

秋田市には昭和の時代に多くの銭湯があった。

最近2021年ころまで残った星の湯などの有名どころは、

検索すると出てくる。

私は秋田市保戸野八丁の出身で町内にも通った銭湯があった。

それがネット上でも存在しなくなったようだ。

「滝の湯」

みんな忘れてしまったのだろうか?

私の記憶によれば、写真のアパートがそれだったように思う。

男湯、女湯に左右均等の入口配置で

元銭湯の名残のように思うのだが・・・・

一応、記憶が怪しいので1970年代の住宅地図を図書館で閲覧した。

名前は「滝の湯」と表記されて間違いなかったが、

住宅地図上の位置が現在の宗教施設のあたりで

やはり現在のアパートがそうであるか定かでない。

この近くには「保戸野街区公園」がある。

保戸野八丁街区公園というのもあるのでお間違えなく。

この街区公園は保戸野八丁出身の衆議院議員町田忠治氏の生家あとです。

この公園で缶蹴りなどさんざん遊んだ。

むかし、千秋公園に動物園があった。

動物園なのでライオンがいて

その「遠吠え?」が夕方、帰る頃に聞こえたものだ。

なお、保戸野に七丁や九丁はありません。

八丁だけ。

天徳寺というお寺から八丁の距離にあるからだそう。

グーグルマップで測るとだいたいそんなもんでした。